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とかち鹿追ジオパークには、北海道 十勝の発展を支えた鉄道が2本通っていました。
ここでは拓殖鉄道と河西鉄道の史跡を紹介します。

十勝・鹿追の発展を支えた鉄道の廃線跡

旧鹿追駅跡に展示されている昭和3年製 8620形蒸気機関車

この蒸気機関車は、1928年(昭和3年)北海道拓殖鉄道の開業時に作られた蒸気機関車2両のうちの1両。鹿追町市街地の緑町公園内に静態保存されています。
 
誕生して90年以上経つ車両ですが、威風堂々とした姿は健在できれいな状態を保っています。

約2km離れた場所にあった、もうひとつの鹿追駅の跡

町中にあった拓殖鉄道 鹿追駅に対し、河西鉄道 鹿追駅は町から少し離れた川の近くにありました。上流から流送された木材の水揚げ場が近くにあったからです。
 
河西鉄道は旅客ではなく、農産物(砂糖の原料になるてん菜糖など)や木材を運ぶための鉄道だったのです。

二つの鉄道が交差していた交差橋台跡

鹿追町を走っていた2つの鉄道が交差していた交差橋台の跡も町から少し離れた場所に残っています。上を拓殖鉄道、下を河西鉄道が走っていました。
 
拓殖鉄道が廃線になった1968年(昭和43年)から50年以上経っているので、現在は緑が茂り静寂に包まれていますが、轟音をたてて蒸気機関車が行きかって往時を思うと夢が膨らみます。

鉄道の駅と町の成り立ち

この写真は北海道拓殖鉄道 鹿追駅の全景です。この駅が作られたことにより、駅周辺が発展し町の中心市街地となっていきました。(現在は同じ場所に拓殖バス鹿追営業所が建っています。)

鹿追駅から北へ約7km離れた場所にあるのが、拓殖鉄道 瓜幕駅の跡を整備した瓜幕駅記念広場です。こちらも駅ができたことにより市街地が形成されました。